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昨年11月だったか、市のエリアの一部(倉敷市だが)で開かれた恒例の 「物産展」のゲストで正司敏江・玲二が来た(らしい)。 正司敏江は香川県小豆島の出身とされ、wikipediaでもそれそのまま伝え ているだけで他のいかなるサイトでも「小豆島」で一切、疑問をはさんでいない。 だが事実は全く違っていて生まれも育ちも兵庫県尼崎市である。ただ生後、 空襲を避けるため祖父の住む小豆島に行き、食糧難もあって幼いころ過ごし たことがある、のは事実だが本人は尼崎が生まれ、育ちと言明している。 実際そうなのだが「小豆島と称した方が売り出しやすい。尼崎ではおもしろ くも何ともない」という所属の会社の意図で「小豆島出身」と言いい通せ、と厳 命されているのだ。 そんなことは、実はどうでもいいことなのだが・・・。ほんの狭いエリアに放送 されるだけの零細ケーブルTV局に出た時(ウチが契約している会社だが)には 他では絶対に言わない本音、生い立ちを正直に語っていた。その内容が私の 体験と通じるものがあり、印象に残っている。 もう10年ほど前か、敏江本人が車を運転し、山陽道でこの田舎のケーブル 局に来た。トークは地元の某と二人で金光町(現在の浅口市金光町)の喫茶店 で行われた。 そこで語ったことは他のどこでも決して語らない彼女の真実だった。「生ま れたのは尼崎、終戦後一時、祖父のいる小豆島に預けられた。」 それだけなら普通の話だが「孫は目に入れても痛くないほど可愛い、とい うのはウソやな。孫でも可愛がられない者は虐待される。小豆島でいい思い 出はない。祖父母が可愛がっていた他の孫たちと露骨に差別され、牛小屋 に牛と隣接してヒモで縛られたりした」と生い立ち、そして幼いころのつらさを 正直に語った。 実は私も同じような体験があるので気持ちが良く分かるのだ。孫を憎み、 いじめる祖父母が意外にいるものだ、ということ。 父方の祖父は早く亡くなり、全く知らない。まともに、接してくれたのは母 方の祖母だけで残る父方の祖母、母方の祖父からは苛められた記憶が今 でも生々しい。 特に母方の祖父は小さいころから本当に憎まれ、苛められた。兄はな ぜか好かれて差別されていた。 笠岡諸島の民宿に宿泊する話でも兄を誘い「弟だけには言うな」と言っ ていたくらいで、それは私が大学生になってもエスカレートした。 「カレーを作ったからちょっと持て行って」と母が言うので持っていくと感 謝するどころか「お前は学校を出て何をやるつもりだ。甲斐性もないのに」 とまさに憎々しげに。さすがに祖母がかばってくれたが、あの戦慄する性格 の悪さ、祖父というものの非人間性は生きている限り、忘れられない。 だから、というわけでもないが、因果応報か、墓も作ってもらえない。まあ、 死んでどうなろうが本人の知るところではないし、墓なんか要らないとは思う が、・・・そんなことより「孫は可愛がるもの」という世間の常識は正司敏江 と全く同感でウソだと思う。むしろ憎悪をもたれることも珍しくないのだ。 実際、「孫殺し」という事件も結構ある。が、あまり大きく報道されないの も日本社会の特徴であり、断面だ。 正司敏江の生まれ、育ちが尼崎という話から不幸な過去を思い出さざる を得なかった。 今日は正月営業開始2日目なのか、閑散な感じだ。 |
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